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立体象書研究会事務局日記

一般社団法人立体象書研究会のホームページをご覧になっている方々からのご要望にお応えすることになりました。書はもともと難しいものとは思うけれど、立体象書研究会の考えていることが、わかりやすく、楽しく知ることができるページができたらいいね!このような要望が事務局によせられています。 -難しいことを、わかりやすく楽しく考える- そんなページができたらいいな、3次元の世界をわかってもらえるとうれしいな。そんなページを思い描きながら、事務局ブログにとりくみたいと思います。

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、、、個人的悟性的意識を超えた生の深部から燃え上がり来ったもの、、、

下図、 ‐ 墨美 特集 触覚性 ‐ 木簡 第五図、と可比丹の臨書、

NO.46 7(JUILLET)1955 BOKUBI「墨美 特集 触覚性」
 ニジェリアの絵画と木簡 ―その心性と触覚性―木村重信
 昨 日のつづき、p.8、、、木簡が我々に訴えるのも、前漢乃至東晉の人々の表象が、現代の我々の如く純粋に知的な表象ではなく、常に生命的な感情によって彩られ、滲透されているが故である。このことは、所謂文字性と作者の感情とが互いに結合する事によって、そこに木簡の美が成立するというのでは決してない。木簡の制作者にとって、書の感情とは書の表現的直観と同一であり、彼は書をかくという働きにおいて、人間的な情熱や憂愁をきいたという事である。即ち彼等が書をかくという事実は、単に知的な表象のみに基くのではなく、むしろ彼等の人間性そのものの実現であり、従って彼等にとっては、木簡の制作とは、生の要求として彼の個人的悟性的意識を超えた生の深部から燃え上がり来ったものであるという事である、、、という 木村重信氏 (1955 BOKUBI)、つづく

......1955年現在、書の造形的な必然性
、、、という木村氏、この木簡には、引く、突く、叩く、捩じる、そこに毛筆という弾性を生かす意識、開と閉という書をかく筆意の存在がある.....

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