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立体象書研究会事務局日記

一般社団法人立体象書研究会のホームページをご覧になっている方々からのご要望にお応えすることになりました。書はもともと難しいものとは思うけれど、立体象書研究会の考えていることが、わかりやすく、楽しく知ることができるページができたらいいね!このような要望が事務局によせられています。 -難しいことを、わかりやすく楽しく考える- そんなページができたらいいな、3次元の世界をわかってもらえるとうれしいな。そんなページを思い描きながら、事務局ブログにとりくみたいと思います。

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、、、びしやもん の おもき かかと に まろび ふす おに の もだえ も ちとせ へに けむ、、、

―魚― 
p.41 図(
124) 魚形土器 ―重要美術品―
高さ二十糎。愛知縣一宮市馬見塚町字御前出土。成田十九氏藏
日本考古圖録‐東京國立博物館編‐朝日新聞社刊‐
昭和二十八年四月二十五日發行
・・・、、、近畿地方以東には意匠をこらした土器が少くない。ここに掲載した蓋付高坏や舟と人とを描いた壺などもその例である。
文式文化人は繪を殘さなかつたが、彌生式文化人はこのほかにも澤山の繪を殘している。また繩文式土器にはまれに物の形を象つたものがある。魚・家・瓢(ひさご)の形の壺などがそのいちじるしい例である。・・・

p.269、 ‐邪鬼と四天王のことなど‐
、、、「びしやもん の おもき かかと に まろび ふす おに の もだえ も ちとせ へに けむ」緊張し無表情な毘沙門天よりも、押えつけられているずんぐりした邪鬼にかえって自然な親しみがある。東大寺三月堂での作である。「邪鬼といふ名は恐ろしいが、煩悩の象徴だとすれば、つまりこれが、佛教の目から見たわれわれ人間のすがたであろう。唯美の追求も、いはば一つの楽欲にほかならぬから、いかにそれに熱心でも、それだけで、佛陀のよき信者とは云はれない。......この遠い昔の邪鬼どもは、今の世の外道たちからは、見向きもされず、誰のために反省の鑑にもならず、いつまでも人知れず暗い苦悩ををつづけてゐる。私はそれに同情するのである」(渾斎随筆、西大寺の邪鬼)。
、、、 ‐ 「秋艸道人會津八一の生涯」‐ 昭和六十三年一月 三十日日 第一版第一刷発行・著者 植 田重雄・発行所 恒文社

‐いつまでも人知れず暗い苦悩ををつづけてゐる。私はそれに同情するのである、-「墨線」、できないことではあるけれども切ればその断面は丸い、という道人。

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