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立体象書研究会事務局日記

一般社団法人立体象書研究会のホームページをご覧になっている方々からのご要望にお応えすることになりました。書はもともと難しいものとは思うけれど、立体象書研究会の考えていることが、わかりやすく、楽しく知ることができるページができたらいいね!このような要望が事務局によせられています。 -難しいことを、わかりやすく楽しく考える- そんなページができたらいいな、3次元の世界をわかってもらえるとうれしいな。そんなページを思い描きながら、事務局ブログにとりくみたいと思います。

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、、、又知識階級の士に具眼者が無くては、眞の藝術家が世に出ないから道の廢れて行くのは當然のことゝ謂はねばならぬ、、、

―「魚」字― 
・「戰國古文字典」戰國文字聲系・上冊.下冊、何琳儀 著 中華書局
  北京:中華書局,1998(2004重印)

・「戰國古文字典」戰國文字聲系・上冊‐p.501‐「魚」‐、

、、、眞に善い書を作るといふ事は難かしい、何んとなれば學べば學ぶ程目が見えてくるからである、これ程奥行のある面白い藝術は他にあるまいと思ふと天来は云ふ、、、」・昭和十三年發行 天來翁書話
 ‐人物本位の賞觀的揮毫物が藝術的書道に及ぼせる影響(下)‐
.309、
 、、、書道に於ける唐の末路が餘りに振はない爲に、御話が囘り囘つて遂に穿ち過ぎた議論をするやうになつたが、結局は藝術書は頭で書くものであるから、知識階級の士が盛んに學ぶやうにならなければ、眞の大家出て來る筈はないのである。又知識階級の士に具眼者が無くては、眞の藝術家が世に出ないから道の廢れて行くのは當然のことゝ謂はねばならぬ。特に書には實用といふ大切の任務を持つて居る爲に、局外者から見れば、文字は一の符號に過ぎないと云へば言ひ得るので、藝術書と名士の書と實用書とが夫々混がらかつて、時代と共に追々其程度が遞下して來たのである。、、、(大正十二年) 藝術・書を語る天来先生。

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