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立体象書研究会事務局日記

一般社団法人立体象書研究会のホームページをご覧になっている方々からのご要望にお応えすることになりました。書はもともと難しいものとは思うけれど、立体象書研究会の考えていることが、わかりやすく、楽しく知ることができるページができたらいいね!このような要望が事務局によせられています。 -難しいことを、わかりやすく楽しく考える- そんなページができたらいいな、3次元の世界をわかってもらえるとうれしいな。そんなページを思い描きながら、事務局ブログにとりくみたいと思います。

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、、、道人は出来るかぎり、仏像自らがその美を語りかけるのをしずかに待ちうけた、、、

・・・有と無の律動、「書の美」の視点・・・
―虚實相交はり奇想天外より來りて、、、(昭和六年)比田井天来―
3/27、28、29日の三日間、「ほっと平山」で講習会!
下図、会場に自立する「風」、東京から参加の山中さんの立体象書!
摑み出す、国宝‐空海「風信帖」‐風字の正面・側面・上面の筆意、
風字自らがその美を語りかけるのをしずかに待ち受けた作品です。

p.291.292‐題材としての仏像‐
、、、密教的な官能の仏像の歌を、桜井天壇が「會津のエロ」であると評したり、山口剛が道人の歌の特色が、何か作者の特有の見方、感じ方から由来するように解釈したことに、道人は不満であった(渾斎随筆歌材の仏像)。道人は出来るかぎり、仏像自らがその美を語りかけるのをしずかに待ちうけた。たんに個人の主観的な問題だけではなかったからである。仏教詠は、「甚だ古く、甚だ美しく、そして、歌などを詠むに足るほどの感激を、吾に与へて尚あまりある」(同)その美の実在に向って、道人は謙虚な凝視、広い幅と奥行きをもって詠みつづけた。それはやはり美の行者なのである。おもうに、奈良の仏像の美は、突如現われたものではない。たとえ、万葉の歌人たちが歌わずとも、その美しさは傷ましくも古びた千年のちを俟って見出された。この美しさに圧倒されながら、それと格闘する一人の人間の真摯な凝視によって、はじめて国民の抒情となり、歌となったのである、、、 ‐「會津八一とその芸 術」‐ 昭和52年6月 30日 3版発行・著者 植 田重雄・早稲田大学出版部

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