下図、第1回展会場内の半紙臨書、その写真の上に可比丹使用の筆、
繊細な羊毛筆でなければ、繊細な毛筆の線表現できない!
つまり、お字書きをしてみても、それは筆文字であって、芸術表現とは異なるものなのです。
昨日に引き続き、
井島勉氏・昭和三十一年の 評価をめぐる一つの問題、p228、229、、、
、、、人間問題や美意識の問題を、逆コースに取りこもうとすることは、歴史の潮流に逆櫓をこぐ無謀に似ている。大衆というものは、往々にして、自分なりの狭い体験の視野から外界をながめて判断したり、無批判に植えつけられた常識を基準として、現実を評価したりする。美や芸術の問題となると、日本人の伝統的な美意識や、芸術観の性格にも支配されて、この傾向が一段と顕著である。絵画といえば、人物や花鳥を精密に写しとること、書といえば、手本を前に置いて丁寧に模写することなどと信じ込んで、作家の主体的な創造活動などは、むしろ不問に附すのである。それは、正しくは、前近代的な芸術観であるし、現在の年輩者たちが、かつて受けてきた芸術教育のゆき方でもあった。現代のあるべき芸術教育に対する、このような考え方による評価が、そのまま真相を衝くものと受けとれぬことは明白であろう。、、、とある。
、、、上記は五十年以上前です。昭和三十年代と、平成二十五年、変化がみられていないというところに問題あり!考えなければどうしようもないところなのですが!!!
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