この日記、―立体象書への道―として記している説明なので、、、
2008年.10月(ホテルニューオータニ ガーデンコート三楷 オカムラ・ガーデンコート・ショールーム)にての個展・「立体象書展」図録記載を再度、、、
立体象書への道
立体象書に辿りつくまでの道は長かった。
筆意の探求こそが、
真の書の芸術的行為であると信じている。
書はどのように変化する芸術なのか?
書には表現すべき何かがあるにちがいない。
立体象書にいたるまでの過程、
先達のことばをかりてみることにしよう。
、、、ということで、この日記「書」の永い歴史を行ったり来たりです!
下図、2012.10月・銀座ポーラ ミュージアム アネックス・3Fにて、可比丹(カピタン)作品―130kg「68億、生命の尊厳二○一二」、西周・金文・散氏盤「心」字より―可比丹作品と方外さん(右)と小兎さん(左)です。

作品、西周・金文・散氏盤「心」字、について
天来翁書話、國家の盛衰と藝術的書道・人物本位の賞觀的揮毫物が藝術的書道に及ぼせる影響(上)に
、、、殷周時代の古銅器などを見るに其の形態といひ、模樣といひ、工藝品として其の時代の文化を代表的に物語つて居る趣がある。必ず當時の名工鉅匠が想を錬り巧を凝らして作り上げたものに相違ない。特に其の銘文に至つては、其の結體の温雅にして雄大なる、筆路の流暢にして奇勁なる、善盡し、美盡し、言辭を以て其の仿彿を形容することすら出來ない程の妙處がある。眞に書道美の極致を極めた者といふべきである。斯の如き文字は書を専門的に學ばない者では、決して書き得らるべき道理はないのである。而して見れば此時代に在りては、書を巧に書く者は立派の藝術家であつて、祭器の銘とか其他大切なものは其の時代に於ける書の専門家の大手腕に依つて製作されたることを明かに相察することが出來るのである。、、、藝術家も賞觀者も全く作品本位であるべきだから、、、誰の作であるから善いとか悪いとかいふやうな耳學門を以て、物識顔をするやうな輕薄な人間は居なかつた相違ないが、何人も書に重き置く時代であるから、必ずや相當の具眼者が有って、、、專門家の技倆を十分に揮はせたものに極つて居る。故に後世の人をして驚歎措かざらしむるやうな藝術品が出來したものであろう。
天来翁書話、古文について、芸術「書」について、、、(大正十二年)です。
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