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立体象書研究会事務局日記

一般社団法人立体象書研究会のホームページをご覧になっている方々からのご要望にお応えすることになりました。書はもともと難しいものとは思うけれど、立体象書研究会の考えていることが、わかりやすく、楽しく知ることができるページができたらいいね!このような要望が事務局によせられています。 -難しいことを、わかりやすく楽しく考える- そんなページができたらいいな、3次元の世界をわかってもらえるとうれしいな。そんなページを思い描きながら、事務局ブログにとりくみたいと思います。

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、、、苟も專門家と名の付いたものは、利害關係とか親疎又は感情を交へて藝術の批判をするのは愼まなくてはならぬ、、、

下図、右より寧壽鑑古・西清續鑑乙編・西清續鑑甲編・西清古鑑、
左の図版、西清古鑑p.505 巻二十五 「觚」・十三・十四の二器
・周饕餮觚四 右高九寸四分深六寸口徑五寸一分重二十八兩
・周饕餮觚五 右高九寸深六寸三分口徑五寸一分重二十四兩
図版の「觚」、上下に概観と概容が上記のように記している、

、、、眞に善い書を作るといふ事は難かしい、何んとなれば學べば學ぶ程目が見えてくるからである、これ程奥行のある面白い藝術は他にあるまいと思ふ、と天来は云ふ、」
昭和十三年發行 天來翁書話

實用書及び藝術書の奬勵法を異にすべきを論ず
.368.369、
、、多くの人の書に於ける巧拙を議するのを見るに、自ら身は知らないであろうけれども、不用意の間に陳腐を厭うて新しい書を好むやうになる鑑識に支配されて批評をして居るものである。之を時代眼といふ。この時代眼に卽して之は善い之は惡いと斷定して居る者は本來から言へばた譬ひ專門家であつても其の鑑識眼は素人目といはねばならぬ。然し乍らこの素人目が其の時代に於て流行しかけて來た書に雷同して力量のない者を大家にする場合もある。此等の書は評判が惡くなると浮ぶ瀨がないが、專門家の善いとか惡いとか 定めたものは、耳學門の半可通の人を欺くことになり、一寸した其人の一言一行が相當長い年代の藝術を墮落させることがあるから、苟も專門家と名の付いたものは、利害關係とか親疎又は感情を交へて藝術の批判をするのは愼まなくてはならぬ 、、、(昭和六年か、) 藝術書を語る天来先生、つづく

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